前回、無料が増える時代に、それでもお金を払う意味について書きました。 無料は入口を開く。 お金を払うことは、その先に関わる。 その話の先には、もう一つ大きな問いがあります。
それは、競争です。
これまでの社会では、競争はかなり強い意味を持っていました。 いい学校に入る。 いい会社に入る。 高い収入を得る。 評価される。 勝ち残る。 そこには、ただの名誉欲だけではなく、かなり切実な理由がありました。
競争に負けると、生活が苦しくなる。 選択肢が狭くなる。 安心が遠のく。 だから人は、競争したいかどうかに関係なく、競争に参加せざるをえなかった。 ここが大事なのだと思います。
競争そのものが問題なのではありません。 競争が好きな人もいる。 比べることで力が出る人もいる。 挑戦や勝負の中で、自分の力を感じる人もいる。 それはそれで、自然なことです。
問題は、競争しないと生きられない状態でした。
AI時代に生産性が大きく上がり、知識やサービスの多くが安くなり、最低限の生活を社会で支える発想が現実味を持ってくるなら、競争の意味は変わっていきます。 勝たなければ生きられない。 上に行かなければ安心できない。 そういう圧力が少し弱まるだけで、人はかなり違う生き方を選べるようになる。
競争は、強制されるものから、選ぶものへ変わっていく。 ここに大きな変化があります。
勝ちたい人は、勝負すればいい。 高みを目指したい人は、目指せばいい。 でも、全員がそこに乗らなければならないわけではない。 誰かと比べるより、自分の納得を大事にしたい人もいる。 静かに続けたい人もいる。 場を支えたい人もいる。 誰かの時間を少し良くしたい人もいる。
そういう生き方が、負けではなくなること。 それが、AI時代の社会にとってかなり大事なのだと思います。
競争が生存と強く結びついていた時代には、勝つことが人生の中心になりやすかった。 でも、最低限の安心が支えられ、必要なものが届きやすくなれば、人はようやく問えるようになる。 自分は本当に何をしたいのか。 何に関わりたいのか。 どんな時間を増やしたいのか。
これは、努力しなくていいという話ではありません。 むしろ逆です。 生存の不安に追われる努力ではなく、自分が納得して向かいたい努力を選べるようになる、という話です。
競争は、なくならなくていい。 ただ、それが生きるための唯一の道でなくなること。 そこに、これからの社会の希望があるのだと思います。
人間の幸福を中心に考えるなら、社会は「勝てる人」だけのためにあるべきではない。 勝ちたい人も、静かに続けたい人も、誰かを支えたい人も、それぞれの形で生きられること。 競争が生存に直結しなくなるとは、そういう社会の入口なのだと思います。