前回、仕事にはいくつかの意味が重なっていた、と書きました。 お金を得ること。 役に立つこと。 居場所を持つこと。 誇りを感じること。 これまでは、そのいくつかがたまたま同じ場所に集まりやすかった。 だから「仕事をすること」が、そのまま人生の中心になりやすかったのだと思います。
でも、その重なりは少しずつ当たり前ではなくなっていきます。
お金にはなる。 でも、自分がやりたいことではない。 やっていて意味はある。 でも、それだけでは生活が成り立たない。 人の役には立っている。 でも、自分の中には納得が残らない。 こういうズレは、前からありました。 ただAI時代になると、それがもっとはっきり見えてくる。
たとえば、かなり多くの仕事が、前より少ない人数で回るようになる。 人に頼んでいた作業の一部をAIが引き受ける。 すると、「役に立つこと」と「収入になること」が、前ほど強く結びつかなくなる。 一方で、お金にはなりにくいけれど、人の時間をよくしたり、場を保ったり、気持ちを軽くしたりすることの価値は、むしろ目立ってくる。
ここで起きるのは、仕事の消滅というより、 仕事の中に入っていた意味がばらけて見えてくること なのかもしれません。
この変化は、しんどくもあります。 どこか一つに乗っていればよかった時代なら楽だった。 この会社にいれば、生活も、役割も、誇りも、ある程度はまとめて持てた。 でもこれからは、自分で少しずつ分けて考えないといけない。 これは生活のため。 これは人とのつながりのため。 これは、自分が納得して時間を使うため。 そうやって見直す必要が出てくる。
でも、そのこと自体は悪いことではないと思います。 むしろ今まで一つに見えていたものが、別々のものだったと分かるのは大きい。 お金がほしいことは悪くない。 役に立ちたいのも自然です。 やりがいがほしいのも当然です。 問題は、それらがいつも同じ場所にあると思い込みすぎることです。
AI時代には、その思い込みが使いにくくなる。 だからこそ、人は前よりはっきり問われます。 自分はいま、何を求めて働いているのか。 生活か。 誇りか。 つながりか。 納得か。 その違いを見ないまま働くと、苦しさの理由も分かりにくくなる。
仕事、お金、生きがいは、これからも重なることはあると思います。 でも、いつも重なるとは限らない。 だからこそ、同じものとして扱わないことが大事になる。
全部を一つの仕事に求めすぎない。 でも、何をどこで満たしたいのかは、ごまかさない。 そのほうが、これからの働き方には合っているのだと思います。