第三部では、社会の中でどう生きるかを考えていきます。 その入口として、今日はまず仕事の話から始めたいと思います。
AIが広がるほど、仕事の意味は前よりはっきり問い直されます。 文章を書く。 調べる。 整理する。 説明する。 計画を立てる。 そうしたことの多くを、AIはかなり上手に助けるようになる。 すると、人は自然にこう考えます。 では、自分は何のために働くのか、と。
これまで仕事には、いくつかの意味が重なっていました。 お金を得ること。 社会の役に立つこと。 自分の居場所を持つこと。 生きがいや誇りを感じること。 このいくつかが、たまたま同じ場所にまとまっていた。 だから「働くこと」は、そのまま人生の中心になりやすかったのだと思います。
でもAI時代には、その重なりが少しずつほどけていきます。 お金を得る手段と、役に立つ感じと、生きがいが、同じ仕事の中にいつもそろうとは限らなくなる。 ここで初めて、人は分けて考えざるをえなくなる。 生活のためなのか。 誰かに必要とされたいのか。 自分が納得して時間を使いたいのか。 何のために働いていたのかが、前より問われるようになる。
この変化は、不安でもあります。 これまで当たり前だった答えが、使えなくなるからです。 でも同時に、大きな機会でもある。 働く理由を、会社や社会の空気にまとめて決めてもらうのではなく、自分で見直せるようになるからです。
たぶんこれから人が働く理由は、一つにはならない。 生きるために必要なお金はいる。 それは現実です。 でもそれだけでは足りない。 人は、自分が何かに関わっている感じもほしい。 誰かの役に立ったという実感もほしい。 そして、自分が大事だと思うものに時間を使えている納得もほしい。
AIが仕事をしていく時代に、人に残るのは特別な能力だけではないのだと思います。 むしろ大きいのは、 自分は何に時間を使いたいのか 何をこの世界に増やしたいのか を引き受けることです。
言い換えると、働くことは前より「生きる姿勢」に近づいていくのかもしれません。 命令された作業をこなすことではなく、自分が関わる意味を持てること。 その感じがあるかどうかで、同じ仕事でも中身はかなり変わる。
AI時代に仕事がなくなるかどうか、という話はよく出ます。 でも本当に大きいのは、そこだけではありません。 仕事が残るかどうか以上に、 働く理由を、もう一度自分で持ち直せるか のほうが大きい。
何のために働くのか。 この問いに、前の時代の答えはそのままでは使えないのかもしれません。 だからこそ今、仕事を通してどんな生を選びたいのかが、前よりずっと大事になっているのだと思います。