ここまで、ずいぶん長く問い続けてきました。
AI時代に、人類はどう生きるのか。 そして、なぜ生きるのか。
大きな問いです。 すぐに答えられるものではありません。
けれど、この問いは、遠い場所にだけあるものではありませんでした。
朝、目が覚める。 水を飲む。 誰かに返事をする。 仕事に向かう。 少し疲れる。 帰り道に、ふと胸が重くなる。 誰かの言葉を思い出す。 今日も何もできなかったと思う。 それでも、布団に入る。
その一日の中に、何度もこの問いはありました。
豊かさとは何か。 自由とは何か。 誰かと生きるとは何か。 働くとは何か。 社会を作るとは何か。 人類はどこへ向かうのか。 大切な人がいなくなったあと、何が残るのか。 答えが出ないまま、人はどう今日を通るのか。
問いは、形を変えながら、私たちの生活の中に戻ってきました。
AI時代には、できることが増えていきます。 考えを整理することもできる。 文章を書くこともできる。 選択肢を比べることもできる。 過去を見返すこともできる。 未来を予測することもできる。
それは、たしかに大きな助けです。
でも、できることが増えるほど、もう一度問わなければならないことがあります。
何をしたいのか。 何を大切にしたいのか。 誰と、どんな時間を分け合いたいのか。 何を急がずにいたいのか。 何を残し、何を手放し、何にもう一度触れたいのか。
この問いに、誰かが代わりに答えてくれるわけではありません。
もちろん、一人で全部を抱えなくていい。 誰かの言葉に助けられていい。 AIに整理してもらっていい。 本を読んでもいい。 人に話してもいい。 休んでもいい。
それでも最後には、自分の一日を、自分の身体で通ることになります。
うまく選べる日ばかりではありません。 優しくできない日もある。 誰かを傷つけてしまう日もある。 何も進まない日もある。 もう戻らない時間を思って、立ち止まる日もある。
それでも、その日を通った自分がいる。
生きることは、いつも立派な答えに向かって進むことではないのだと思います。
少し迷いながら選ぶこと。 間違えたら、もう一度考えること。 誰かの痛みを、完全には分からなくても気にかけること。 今日見ている景色を、少しだけ受け取ること。 まだ分からない問いを、捨てずに持っていること。
そういう小さな繰り返しの中に、生き方は現れてくるのかもしれません。
この連載は、答えを決めるために続いてきたのではありません。 むしろ、答えを急がずに、問いを自分の生活へ持ち帰るために続いてきました。
あなたの一日は、誰にも代わってもらえません。 あなたが見たもの。 あなたが選んだこと。 あなたが言えなかった言葉。 あなたがまだ大切にしているもの。 あなたがこれから誰かに渡していくもの。
その一つひとつの中に、もう問いは始まっています。
AI時代に人類はどう、そしてなぜ生きるのか。
その答えは、どこか遠くで完成して待っているものではないのだと思います。 明日の朝、あなたがどう起きるのか。 誰に言葉を返すのか。 何を少し大切にするのか。 どんな違和感をなかったことにしないのか。 誰と同じ時間を分け合うのか。
その日々の中で、少しずつ現れてくる。
だから最後に、もう一度だけ問いを置いて終わります。
世界は変わっていきます。 AIも、社会も、働き方も、暮らしも変わっていく。 不安もある。 希望もある。 分からないことも、きっと増えていく。
それでも、あなたはどう生きていきますか。
今日を通り、明日へ向かうその一日の中で、 あなたは何を大切にして、生きていきますか。