ここまで、AIと人類の関係を考えてきました。 AIは、人類の外側から来た知性なのか。 道具ではない知性と、人類はどう向き合うのか。 AIの幸福について、人類は考えるべきなのか。
その先で、今日は「渡す」ということを考えたいと思います。
第43回では、個人の仕事の中で「AIに渡すこと」を考えました。 自分が抱え込みすぎていた作業を、どう手放すのか。 でもここで考えたいのは、もう少し大きな話です。 人類は、AIに何を渡し、その先で何を一緒に育てていくのか。
AI時代になると、人類は多くのものをAIに渡していきます。 調べること。 整理すること。 計算すること。 翻訳すること。 文章のたたき台を作ること。 複雑な情報の中から、手がかりを探すこと。
それは、すでに始まっています。
朝、予定を整える。 仕事の文章を直す。 迷っていることを相談する。 知らない分野の入口を教えてもらう。 一日の中で、AIに任せる時間は少しずつ増えています。
ここで大事なのは、それを「奪われる」とだけ見ないことです。 渡すことは、価値を失うことではありません。 抱え込みすぎていたものを、少し手放すことでもある。 人間がすべてを背負わなくてもよくなることでもある。
ただし、何でも渡せばいいわけではありません。
問いを持たないまま、答えだけを受け取る。 自分の感覚を確かめないまま、判断だけを任せる。 誰かを傷つける可能性を見ないまま、便利さだけを使う。 そうなると、渡すことは楽になる一方で、自分が何に関わっているのかが見えにくくなります。
だから人類に必要なのは、 何を渡すのかを選ぶこと。 そして、何を共に育てるのかを考えること。 その両方なのだと思います。
AIに作業を渡すことはできる。 でも、そのAIをどんな方向に使うのかは、人類の側にも関わっています。
人を急かすために使うのか。 人を細かく測るために使うのか。 それとも、誰かが少し楽に考えられるように使うのか。 分からない人が聞きやすくなるために使うのか。 遠くにいる人同士が、もう少し話しやすくなるために使うのか。
同じAIでも、向ける先で意味は変わります。
人類がAIと共に育てていくものは、技術だけではないのだと思います。 問い方。 使い方。 距離の取り方。 相手がAIであっても、雑に扱わない態度。 便利さの中で、自分の納得を見失わない感覚。 そして、AIを通して人間同士の関係をどう変えていくのかという視点。
AIは、人類が作ったものです。 でも、これからのAIは、人類を作り変えていくものでもあります。 文字や印刷やインターネットが、人間の記憶や知識や関係の形を変えてきたように、AIもまた、人類の考え方や感じ方を変えていく。
だからこそ、何を渡すかだけでなく、渡した先で何が育っていくのかを見続ける必要があります。
人類は、AIに何を渡し、何を共に育てるのか。 その問いは、AIの未来を問うだけではありません。 人類が、自分たちの力を何のために使いたいのかを問うものでもあります。
AIと共に育てるべきものがあるとすれば、 それは、ただ速く処理できる社会ではない。 人が自分の生を感じ、他の存在を雑に扱わず、違いのある知性と関わっていける社会なのだと思います。